後遺障害

高次脳機能障害被害者とそのご家族の方へ

はじめに(置き去りにされ途方に暮れるご家族)

高次脳機能障害患者にとっての問題の核心は、人間関係障害ないし社会生活障害によって、就労することが極めて困難な状態にあることです。厚生労働省が平成15年に開示した統計によると、高次脳機能障害者の就職率は、わずかに4%と指摘されています。

 

ですから、交通事故や労災事故によって高次脳機能障害が発症した被害者に対しては、早期の段階での適切な治療とリハビリ、就労支援はもとより、就労不能の場合を踏まえた十分な賠償がなされることが必要となります。

 

ところが、現状では、十分な治療も、リハビリも、就労支援も、賠償もされておらず、また、適切なアドバイスが出来る専門機関も極端に少ないことから、自助努力の方法さえわからず、途方に暮れていらっしゃる被害者と家族の方が多数おられます。

 

では、何故、このように高次脳機能障害者とそのご家族に対して、十分な治療、リハビリ、支援、賠償がなされていないのでしょうか。その原因は以下に指摘する点にあります。

 

高次脳機能障害被害者が十分な支援・賠償を受けられない原因

 

(1)医師

高次脳機能障害に精通しておられる専門の医師が少ないことがあげられます。また、よくある例としては、事故によって重篤な脳外傷を負い、生死をさま よう意識不明の重体で病院に運ばれてきた患者が、治療によって意識が回復し、症状も落ち着いてくると、担当主治医としては、「医師としての使命は全うし た」、「もはやすることはない」と思い、患者を退院させます。家族の方も「本当に助かってよかった」、「あの状態から、よくぞここまで奇跡的に快復してく れた」と思っていますので、そのときは何も疑問に思うことなく退院を喜びます。

 

ところが、高次脳機能障害の問題は、そのあとに発生します。家族や親しい人達、職場の同僚達が、「どうも様子がお かしい」、「事故前と人が変わってしまった」と感じて、主治医に相談します。しかし、主治医は、必ずしも高次脳機能障害の専門医ではないことから、躁鬱病 か何かではないかと考えてしまい、そのまま放置、あるいは精神科に転科させてしまい、脳外傷の問題として十分に診てくれません。

 

その結果、症状改善に極めて重要な早期の適切な認知訓練等のリハビリ(認知リハビリ)が開始されないことにより、周囲の無理解による心因反応(ストレス)も加わって閉じ籠もりがちになるなど症状を悪化させ、やがて症状が悪化したままの状態で固まってしまいます。

 

(2)リハビリ機関

このように医師が脳外傷の問題として十分に診てくれないことから、リハビリを開始するよう指導してもらえず、早期の適切な認知リハビリがされないこ とが圧倒的に多いのですが、リハビリの機会があっても、医師に高次脳機能障害の専門医が少ないことと関係して、そのリハビリの専門療法士の数も少ないのが 現状です。

 

実際、高次脳機能障害者に対する特有の(認知)リハビリに正面から取り組んでいる公的機関は、現状では神奈川県と愛知県だけと指摘されています。その公的機関でさえ、リハビリの内容が確立されておらず暗中模索の手探り状態であることが指摘されています。

 

さらに、高次脳機能障害の症状は多種多様であることから、画一的なリハビリには馴染まず、理学療法士、作業療法 士、言語聴覚士、臨床心理士、職能訓練士など、それこそ多種多様の療法スタッフによる個別の指導が必要となります。しかし、そもそも専門の療法士が極端に 少ない現状であり、それだけ多種多様のスタッフを常時具備しておくことは、公的で大規模の医療機関ですら容易ではありません。

 

(3)社会保険制度

これまで高次脳機能障害に対する認知リハビリは診療報酬(保険点数)の対象になっていませでした。平成18年4月の改訂によって診療報酬の対象とされ、前 進はしました。しかし、リハビリ期間は180日間(半年間)に限定されています。症状の改善が期待出来る若年者に対しては、事故後2年間は、症状固定とせ ずにリハビリを継続する必要性が高いことが指摘されていることからすると、半年で打ち切りという制度は不十分と言わざるを得ません。また、高次脳機能障害 者の認知リハビリの方法としては、その社会性の低下を改善する為にも、20人?30人規模のグループによる集団リハビリが有効であることが指摘されていま すが、今回の改訂によって1日に1人2単位(40分)として9人程度しか保険適用されなくなりました。さらに、高次脳機能障害は発症後1年以上経過してか ら、初めてリハビリを受けるケースが圧倒的に多いのですが、今回の改訂では慢性期に入っているといことで保険適用されません。不十分と言わざるを得ませ ん。

 

(4)職業センター

ここでも高次脳機能障害の専門のスタッフが極めて少数であり、小規模のセンターでは職員の経験不足のため、正しい職能評価が出来ていないことが報告されて います。また医療機関の医療体制の脆弱性と相まって医療機関との適切な連携がとれておらず、医療機関から職業センターへの移管のタイミングを失いがちであ ることが指摘されています。

 

(5)地方自治体から

平成18年4月から、障害者自立支援法が施行され、この10月からは、同法に基づき「高次脳機能障害支援普及事業」が実施される予定です。しかし支援の実施機関である市町村内に、高次脳機能障害やそれにまつわる社会問題について豊富で深い知見のある支援専門スタッフが決定的に不足し ています。例えば、医療による支援の限界を超えるということで、医師が市町村に相談するようアドバイスしたところ、紹介された市町村のスタッフから、「こ こでは十分な支援が出来ない。いい医師がいるから。」として、紹介した医師を逆に紹介されてしまった、という笑えない話しがあったようです。専門スタッフ の育成は一朝一夕で出来るものではありません。少なくない予算も伴う事業です。まだまだ、当事者や当事者団体の自助努力が長期に渡って継続されざるを得ないようです。

 

(6)職場・親族、その他近隣

脊髄損傷等の伝統的な整形外科的後遺障害患者や、一見して精神障害を負っているとわかる人のように、ハンディーを背負っていることが一見明白な人に関しては、職場の理解が得られ易く、現に支援体制も確立されていることから、就職については一定の成果があがっています。

 

ところが、高次脳機能障害患者は、外見上、何の障害も持っていない人と見分けがつきません。ですから、世間や職場から、障害を持っているとは容易に理解されません。

集中力がない、物覚えが悪い、朝起きられないなどは、やる気がないからだ、ただのサボリだ、と判断されてしまいま す。また、自分の非を認めない、協調性がない、キレやすいのは、性格が悪いからだ、変わり者だ、と思われてしまいます。高次脳機能障害という脳疾患がある からだとはなかなか理解されないのです。外見上は、何ら障害を持たない人と、全く変わらないからです。

 

ですから、幸運にも職場復帰や再就職ができた場合でも、周囲と軋轢を生み、結局、解雇されたり退職せざるを得なくなってしまい、継続的・安定的な就労が困難な状態となっています。

 

また、親族や近隣等の周囲の人達は、高次脳機能障害患者が、外見上、何の障害も持っていない人と見分けがつかない ことから、ご家族の方が、家庭内において、間断なく、どれほど緊張を強いられているか、どれほど大変な心労・苦悩を負っているか、については知る由もな く、わかってくれません。

 

(7)自賠責保険や労災保険

労災保険は、平成15年10月1日、後遺障害等級の見直しをしました。しかし、その改訂された内容は、従来の伝統 的なADLの機能レベル(ないし介護レベル)を中心とした基準から脱却しておらず、高次脳機能障害の議論の核心である人間関係障害ないし社会生活障害の有 無と程度を中心とする就労可能性の有無程度に正面から着眼した基準とはなっていません。

 

その結果、就職などおよそ不可能で、労働能力喪失率は100%である事案であっても、日常生活が介護なくして出来るのだからとの理由で、後遺障害等級としては5級以下の認定(すなわち就労によって所得を得ることはある程度は可能だという認定)がされてしまいます。

 

自賠責保険は、旧基準を維持したままであり、労災保険よりさらに低い等級認定がされる傾向にあります。そして労災 保険がこの度の改正で認めた看視(ないし介助)の概念がなく、たとえ看視が必要な状態であってもそれが等級認定に反映されることがないため、5級以下の認 定に止められてしまいます。

 

何よりも問題なのは、自賠責保険が他覚所見至上主義の弊害に陥っている点です(あえて「弊害」との言葉を用いまし たが、大量の後遺障害事案につき、迅速に後遺障害等級の認定をするためには形式的・画一的に事務処理をせざるを得ないという事情があります)。確かに、自 賠責保険は、認定困難事案を特別の審査項目として実質的判断をしようとの試みはあるのですが、審査の結果としては、受傷直後に6時間以上の半昏睡以上の意 識障害がないケースで、しかもMRI画像上、受傷後3カ月以内に脳室の拡大や脳萎縮の症状経過が診られないときは、高次脳機能障害としての後遺障害を認め ないか、認めたとしても極めて低い認定にとどめる傾向にあることは否定できません。

 

ところが、高次脳機能障害の症状の有無・程度とMRI画像所見の有無とは、必ずしもリンクしません。脳萎縮が進ん でいるのに何ら症状がない人もいれば、脳萎縮や脳室拡大等の画像所見がないのに高次脳機能障害の症状がある人がいます(それは、頸椎や腰椎にヘルニア所見 があっても疼痛がない人がいるのに、ヘルニア所見がなくとも疼痛症状がある人がいるのと同じです)。

 

さらに問題なのは、先に医師のところで述べましたように、高次脳機能障害の専門医が少なく、患者は治ったと思い、 家族の相談があっても経過観察的にMRI撮影をしていないことから、脳萎縮や脳室拡大の画像そのものがない点です。他覚所見至上主義の自賠責保険からすれ ば、画像での疾患の確認のしようがなく、高次脳機能障害の後遺障害の認定をすることには消極的な判断ととならざるを得ません。

 

(8)弁護士

もともと交通事故外傷に精通している弁護士の数は多くありません。実際、損保会社の顧問弁護士でもしていない限り、交通事故外傷につき踏み込んだ理解を得ることは困難です。

 

ですから、高次脳機能障害といった難しい疾患に関する賠償の相談を受けても、直ちに、将来の裁判を踏まえて、どの ような準備をしていよいのやら皆目分からない弁護士が大半です。従って、賠償につき弁護士に相談されても証拠の集め方や今後の手順などにつき適切なアドバ イスを受けられないで終わるケースが少なくないと思われます。

 

ましてや、今後の快復の点でも、賠償のための証拠資料の収集の点でも、最も重要なタイミングとなる高次脳機能障害を疑う症状が発症した段階で相談された場合、これに対し、的確なアドバイスができる専門家弁護士は極めて限られてきます。

 

(9)裁判所

裁判所が自賠責保険の後遺障害の認定の追認機関に過ぎない傾向にあることは、古くから指摘されており、その傾向は 現在も変わっていません。自賠責保険が『看視』というファクターを定めていないことから、裁判所も看視の必要性を認めて将来の介助費用を賠償として認める ことについては極めて消極的です。

 

裁判所が消極的な判断に終始している原因は多岐に渡りますが、一因として、裁判所が自賠責保険の後遺障害の等級認定を超える踏み込んだ積極的な判断をしようにも、判断の対象となる証拠資料が、被害者側の代理人弁護士から提出されていない、ということがあげられます。

当事務所において、裁判所に対し、自賠責保険の認定にとらわれず、高次脳機能障害被害の本質に即した被害の深刻性の主張と立証をし、画期的判決が得られた事例もご覧ください。

 

現状

このように、現在でも、高次脳機能障害者とその家族は、治療、リハビリ、支援、賠償の各領域で、十分な手当てがな されていません。厚生労働省が開始した高次脳機能障害者支援モデル事業も、平成16年3月で一応の終結をみつつあります。しかしながら、現実には、高次脳 機能障害患者が利用できる社会資源は現在でもほとんど無く、適切な治療やリハビリが出来る専門機関も数えるほどしかない、そのため、高次脳機能障害者やそ の家族は、遠く県外まで足を伸ばして支援機関を模索するが、十分な成果をあげられていない、というのが、医療やリハビリに携わる人たちの現場の声です。

 

本人とその家族は、高次脳機能障害者を支援する各種NPO団体を通じて 暗中模索の中で自助努力を強いられていますが、快復のための治療はもとより生活を再構築するための糸口すら掴めていない状況が続いているという、団体内部からの指摘があります。

 

ご家族の方へ

このように高次脳機能障害者の治療、リハビリ、支援、賠償が抱えている問題は、多くの関係各機関にまたがる問題で あることから、一機関一個人の努力だけで解決できることでもなければ、一足飛びに解決できる問題でもありません。目の覚めるような十分な解決策は、あると は言い難いのが現状なのです。

 

しかし、それでも、現状の中で、少しでもよい結果を得る方策として、以下の点がアドバイスできます。

 

  1. 自分達だけで問題を抱え込んでしまって悩むのではなく、インターネット検索などを通じて、とにかく高次脳機 能障害に多く関わっている医療機関(リハビリ機関を含みます。)、各種支援団体、弁護士等を探し出し、関係諸機関に相談しつつ、解決策を見い出していくと いう方法です。
    決して数は多くはないのですが、暗中模索の状態ながらも、高次脳機能障害患者の社会復帰や支援に向け、手弁当で、一生懸命、関係各機関との合同の勉強会等に参加し、問題解決に取り組もうとされている医師、療法士、支援団体があります
    ただ、注意して頂きたいのは、近くの病院だから、知り合いの紹介の弁護士だから、無料だから、という理由で安易に治療や相談を受けるのは控えられた方がいいでしょう
  2. そして、何よりご家族の方が一番よくわかる、患者本人の異変(人が変わった、キレやすくなった、物覚えが悪 くなった等)に気付いたときは、毎日、本人の行動観察日誌をつけてください。本人の顔写真も撮っておくのがいいでしょう。事故前より人相が悪くなっている のが通常だからです。また、職場に復職されているケースでは上司や同僚から詳しく様子を伺い、職場でこんなことがあった、という内容を、具体的に克明にメ モを取っておいて下さい。これらの日誌、写真、メモは、医師や自賠責保険や裁判所に症状を説明する重要な証拠資料となります。
  3. また、主治医に対しては、行動観察日誌やメモを基にして現状を説明し、3カ月ないし半年のスパンでMRI写 真を撮るよう依頼して下さい。それがなけば自賠責保険で納得ゆく後遺障害の認定がなされることは期待できません。主治医が協力的でないとか、専門でないと かの事情があれば、紹介状を作成してもらって専門の医師(精神科ではなく脳外科か脳神経外科の医師)のいるところに転院する方がいいでしょう。
  4. そして、高次脳機能障害であることが判明したときは、早期の段階で認知リハビリを受けることが重要です。発 症からリハビリまでの期間が短ければ短かいほど良好な成績が得られる傾向にあるからです。この早期のリハビリがされないときは、その後の近隣や職場等の無 理解等によるストレスなどの心因反応も加わって症状を悪化させてしまい、悪化させたままの状態で症状を固めてしまいます。

 

以上、少しでもよい結果が得られることを、心よりお祈りしています。

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