後遺障害

精神障害(非器質性精神障害)について

第4 PTSDの一般的理解

1 PTSDとは

PTSDTとは、Post Traumatic stress Disorderの略語で、日本語では多くは外傷後ストレス障害と訳されます。「トラウマ(心的外傷)」となる心に受けた衝撃的な傷が元で、後に生じる様々なストレス障害のことです。
PTSDは、シルベスター・スタローンが監督・主演したベトナム戦争の帰還兵を描いた映画「ランボー」で一躍有名となり、日本では地下鉄サリン事件、阪神大震災、池田付属小学校児童大量殺人事件、JR西日本福知山線脱線事故などで、PTSDがマスコミによって盛んに報道されました。

 

2 PTSD発症のメカニズム(自己防衛本能の一種)

人は、日常生活のさまざまな刺激に対して適切に対応することができます。ところが、その人の能力を遥かに超えた暴 力的・侵入的な刺激が発生したときは対応不能となりショック状態に陥ります。対応不能な強烈な出来事をそのまま正確に認識し記銘してしまうと、もともと対 応不能なのですからその人の人格は崩壊してしまいます。そこで自己防衛本能が働き、心の働きの一部を「麻痺」「凍結」させてやり過ごそうとします。虐待児が痛みを感じなくなったり、事故に遭った(目撃した)人が事故場面の記憶を一部失う、いじめによって無視しつづけられた人が感情を麻痺させる等などの症状はその自己防衛本能のなせる業です。

 

3 PTSDの症状

その症状は多種多様ですが、主要な症状は以下のとおりです。

(1)再体験(フラッシュバックと悪夢)

フラッシュバックとは、映画やテレビドラマで見たことがあると思われますが、幻覚・幻聴を含む衝撃的な事件の再現視のことです。思い出したくないのに心の中で何度も何度も現実味のあるリアルな記憶が想起されてしまう場合があります。そして、あたかも事件が再現しているような行動を現実にしてしまう場合もあります。

 

悪夢には、事件を生々しく再現してしまうものと、悪夢ではあったが、内容を覚えていない場合とがあります。

 

(2)回避

回避とは、事件がなかったように考えたいという症状で す。事件について考えたり、事件を思い出す場所や人を避ける、という消極的なものから、反動形成的に「何も怖くない」と振舞おうとする場合もあります。ま た、記憶そのものを消す場合もあります。逃避の程度が高いと、一般的な物事への興味が喪失したり、将来への希望の喪失などが生じ、「自分はすぐに死んでし まうのだ」という感覚を持つようになります。

 

(3)覚醒亢進

覚醒状態とは、神経の興奮状態のことです。眠れない、眠りが浅く中断しやすい、常にピリピリしていてすぐに怒り出す、集中できない、過度の警戒心、ささいな物音に飛び上がるように驚く、などの症状が顕現します。

 

4 治療方法と予後

特効薬はなく、薬物療法と並行した継続的な各種のカウセリング療法がメインとなります。具体的には近時有名なEMDR、トークセラピー、グループセラピー、行動療法、催眠療、自己暗示療法などです。その他にアロマセラピーや食事療法、運動療法がとられることもあります。
そしてPTSDも脳が物理的に壊れていない非器質性の精神障害ですから、精神科専門医による精神医学上適切な治療がなされたときは、概ね半年〜1年、長くとも2年〜3年で完治し、後遺症を残さないのが大半であり、持続的な人格変化を認める重篤な症状が残るのは極めて稀と指摘されています。

 

5 PTSDの診断基準

これには、アメリカ精神医学会のDSM-IV基準と、世界保健機構のICD-10基準があります。
両基準は、これまで多数回に渡って改訂作業が行われてきた結果、現在、基準それ自体の具体的内容が大きく異なっているわけではありません。しかし、ICD-10と比べてDSM-IVの基準の方が具体的で明確で あることから、基準のあてはめ段階で判断者の裁量が入る幅が比較的狭いとされています。よって、精神医学会ではDSM−Ⅳの基準による診断が主流です。日 本の精神科の主治医もほぼ例外なくDSM−Ⅳの基準によって判断しています。ところが、自賠責保険や労災保険では、ICD−10の基準によっています。
このように、寄って立つ基準は異なるのですが、結果として判断基準が違うことによる齟齬が問題になることはありません。「強烈な外傷体験」の要件は、ICD−10にもDSM−Ⅳにもありますが、後述するように、主治医は「強烈な外傷体験」の要件を緩やかに解して広くPTSDの診断をするのに対し、自賠・労災は狭く限定的に解してPTSDを否定することから、この段階で結論がほとんど決まってしまっているからです。

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