高次脳機能障害で泣き寝入りしないための10の鉄則:自賠責保険の等級基準及び認定上の問題点

自賠責保険の等級基準及び認定上の問題点

ここまでに述べたような万全の準備を行い、自賠責保険から高次脳機能障害が認定されても、その認定された後遺障害の等級が適正でない場合が少なくありません。それは、自賠責保険の等級基準に以下の問題点があるからです。

等級基準の不明確性

まず、第1に、5級、7級、9級の等級基準が明確でなく、その差異が判然としていないことが指摘されています。そのため、自賠責保険が、5級か7級か、7級か9級かの認定に困難を来し、自身で首を締める結果になっていることは、先に指摘したとおりです。

等級内容の不当性

第2に、自賠責保険が定めた等級内容は、高次脳機能障害の本質に即したものになっておらず、その結果、等級認定が低きに失している点です。すなわち、高次脳機能障害の問題の核心は、易怒性や協調性の欠如といった人間関係障害ないし社会生活障害によって、安定継続した就労をすることが極めて困難な状態にあることです。端的に言い切ってしまうと、高次脳機能障害者は、周囲の無理解もあって、職場のトラブルメーカーにならざるを得ない状態にあるのです。高崎健康福祉大学・健康福祉学科の高橋久美子教授は、「就職率は9%程度で、現職復帰は4%に満たないという実態がある」と指摘されています。自賠責保険の定める等級は、その高次能機能障害の本質を見事に踏み外した内容になっており、実態に合っていません。
このように、自賠責保険の定める等級内容が高次能機能障害の実態に合っていないことを以下のように専門医も指摘しています。

近畿大学医学部脳神経外科種子田護教授

「判定の一番の眼目は、社会生活にどの程度適応できるかであり、それが非常に大きな判定の基準になる。」

新東京病院脳神経外科・神経放射線外科・益澤秀明医師

「認知障害や神経症状(片麻痺など)よりも人格変化のほうが社会復帰の妨げになる」「自賠責保険の障害等級はほぼ臓器別に系列化されており、例えば、両眼 失明はほぼ1級です。
両下肢切断も脊損による両下肢麻痺も、脳出血による片麻痺も完全(廃用肢)であれば、ほぼ1級です。しかし、今は五体不満足でも仕事や結婚が出来る時代です。
それにくらべて、脳外傷による高次脳機能障害を受けた被害者は、1級、2級はおろか、3級や5級でもそれなりに人格レベルが低下し、本人はそうと気付かずにまわりに迷惑をかけ、家族も辛い日々が続きます。
このように脳外傷による高次脳機能障害者にとっては不利な等級です。」

元熊本大学医学部助教授・原田正純医師

「労災もそうですし、交通事故もそうですが、非常に精神面の障害というものが低い評価をされている。」

山口クリニック・山口研一郎医師

「高次脳機能障害とは『人間関係障害』であり『社会生活障害』である」「一足の親指を含む二指を失った人(9級)が教壇に立てないとは思えないが、高次脳機能障害を生じた人は9級でも教壇に立てないのが現実である。」
「自賠責保険においては身体面が重視されるあまり、精神心理的側面の変化については極めて軽視されている。」

厚生労働省・精神・神経の障害認定に関する専門検討会

「知能指数が高いにもかかわらず生活困難度が高い例があることが報告されている。従って、その障害の程度を判定する際に、・・・・脳の画像検査、神経心理学的な各種テスト等の検査結果・臨床結果のみをもって労働能力の喪失の程度及び全体像を正しく評価・判定することは困難であるとの結論に達した」
「高次脳機能障害については・・・・日常生活動作等の支障の程度を調査する。・・・日常生活動作等が自立している場合には、意思疎通能力、問題解決能力、作業負荷に対する持続力・持久力及び社会行動能力の4つの能力低下に着目し、その障害の状態に応じて評価を行うことが適切であると考える。」

その他

自賠責保険に後遺障害等級認定の有無にかかわらず、高次脳機能障害者には、ただでさえ注意障害、記憶障害、遂行機能障害があるのに、さらに対人技能拙劣を始めとする種々の社会的行動障害があることから、復職が困難で、一旦復職が出来たとしても『職場のトラブルメーカー』となって早々に解雇されるなど、安定 継続した就労を得ることが著しく困難であることを指摘する文献は数多く存在します。

要介護性の有無についての判断基準の不当性

第3に、3級かそれとも2級以上かの区別に関する要介護の有無を、日常生活活動の自立性だけに着眼して判断している傾向が極めて強い点にあります。

要介護の有無を、日常生活活動の自立性だけに着眼して判断→発動性や意識低下から声かけの支援が必要であっても、すぐに激昂して他人に暴力を奮うため監視の必要があっても、病識欠如からリハビリを促し説得するという支援が必要であっても、注意障害・記憶障害・遂行機能障害・見当識障害から、生活全般にわたって全般的な助言が常に必要であっても、→洗面・入浴・更衣等の日常生活動作(ADL)が自立して出来る以上介護不要と判断要介護の有無を、日常生活活動の自立性だけに着眼して判断→発動性や意識低下から声かけの支援が必要であっても、すぐに激昂して他人に暴力を奮うため監視の必要があっても、病識欠如からリハビリを促し説得するという支援が必要であっても、注意障害・記憶障害・遂行機能障害・見当識障害から、生活全般にわたって全般的な助言が常に必要であっても、→洗面・入浴・更衣等の日常生活動作(ADL)が自立して出来る以上介護不要と判断

これらは、高次脳機能障害の本質が、人間関係障害であり社会生活障害にあって、他者の何らかの支援なくしては社会生活を営むことが出来ない点にあることをものの見事に外してしまっており、また実際上も、現実の支援者、監視者、看視者、介助者に自助努力を強いるものであり不当です。

補足
この点についても、自賠責保険は、先に指摘した、平成19年2月2日に公表された検討委員会の報告書を受けて、従来の日常生活状況報告書を改定し、日常生活や社会生活を営むうえで、声かけ・援助ないし介助・見守り等の要否と程度のチェック項目を追加しました。しかし、ここでも、予算や認定の確実性・明白性・迅速性を旨とする自賠責保険の後遺障害等級認定実務の実情からは、2級以上の要介護の認定がされるケースは、症状の実際ではなく画像で脳損傷の程度が著しいものに限定される傾向にあることが予想され、従来の認定結果とさほど変わらないことが予想されます。実際、2級の認定を受ける随時介護の内容としては「生命維持に必要な身辺動作に家族からの声掛けや看視を欠かすことができないもの」がこれにあたるとされ、その生命維持に必要な身辺動作の例として食事や排便等が例として指摘され、易怒性やコミュニケーション障害等の社会生活を営むうえで不可欠な見守り看視は、随時介護の例として紹介されていません。

要介護性の有無についての判断基準の不当性

第4は、5級か3級か、3級か2級か、2級か1級かの判断に迷う限界事例について、家族作成の日常生活状況報告書より、意識障害の程度やCTやMRIの画像上の異常所見の程度により判断する傾向がある点です。たしかに、家族作成の日常生活状況報告書の記載内容には作為が混入している可能性が否定し得ないことから、自賠責保険の判断傾向が全面的に不当と評価出来るものではありません。しかしながら、自賠責保険が自ら認めているように、意識障害の程度や画像上の異常所見の程度と症状が完全リンクしているという必然関係にはありません。画像上、脳萎縮や脳室の拡大の程度が著しくても何ら症状がない人もいれば、逆に、そのような画像上の異常所見がないかほとんど認められない人でも重篤な症状が出ている人は決して少なくありません。少なくとも、限界事例における等級判断で意識障害の程度や画像上の異常所見の程度を判断の決め手とすることは合理的でありません。自賠責保険の認定結果が、裁判所の認定に対して極めて強い影響力を持っていることに鑑みるときは、これらの問題点は早急に改善されるべき問題です。

補足
もっとも、自賠責保険は、裁判所のような損害賠償の最終認定機関ではなく、迅速かつ確実に最低限度の保険給付をすることにより、とりあえずの被害者保護を図る機関に止まります。このように自賠責保険の保険給付には迅速性と確実性が要求されますから、その判断資料は、CTやMRI画像と言った短時間で容易かつ確実に判断できる資料が重視せざるを得ず、症状の実際という判断権者によって評価を異にする実質的判断は、時間を要することもあって回避せざるを得ないシステムになっており、その改善は容易ではありません。

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軽度外傷性脳損傷(M-TBI)による高次脳機能障害1

高次脳機能障害で泣き寝入りしないための10の鉄則
はじめに
~未だに見放され途方に暮れている高次脳機能障害者とその家~
高次脳機能障害の一般的理解
自賠責保険の後遺障害等級認定
システムの概要
自賠責保険で
適正な等級認定を受けるポイント
自賠責保険の等級基準及び
認定上の問題点
軽度外傷性脳損傷(M-TBI)に
よる高次脳機能障害1
軽度外傷性脳損傷(M-TBI)に
よる高次脳機能障害2