高次脳機能障害で泣き寝入りしないための10の鉄則:軽度外傷性脳損傷(M-TBI)による高次脳機能障害1

軽度外傷性脳損傷(M-TBI)による高次脳機能障害1

問題の核心

自賠責保険は、脳損傷の診断基準として国際基準に比べて異常に突出した高いハードルの診断基準を設定し、裁判所も自賠責保険の判断を追認する傾向が顕著である。日本の医療従事者の大半は2004年WHOの軽度外傷性脳損傷の診断基準に精通していない。そのため、脳損傷であるのにそうでないと否定して、被害者に泣き寝入りを強いている現実がある。

軽度脳外傷による高次脳機能障害とは

ここでは説明の便宜上、事故後の意識障害レベルが自賠責保険の認定基準レベルに達していたか否かが判然とせず、脳外傷を裏付ける画像所見もない脳外傷による高次脳機能障害と定義しておきます。

※軽度外傷性脳損傷という場合の「軽度」とは、あくまで事故後の意識障害レベルが軽度であったという意味に止まり、症状それ自体が軽度であるという意味では決してありません。症状が慢性化したときはむしろ重度の後遺障害が残存する場合が多いことに注意して下さい。

外傷性脳損傷の世界の診断基準 (詳細は石橋徹「軽度外傷性脳損傷」)

アメリカ・リハビリテーション医学協会(1993年)

意識障害や意識の変容は脳損傷の絶対要件ではない。一過性の局所神経学的欠損症状(例えば痙攣・突発性疼痛・眩暈・耳鳴り・聴覚障害・神経因性膀胱など)と外傷後健忘(事故後の記憶が判然としない)があれば脳損傷の可能性は否定できない。

WHO 世界保険機構(2004年)

受傷後に混迷または、30分以内の意識喪失、24時間未満の外傷後健忘症、または(and/or)これら以外の短時間の神経学的異常(例えば局所徴候・痙攣・外科的治療を必要としない頭蓋内疾患等)が少なくとも一つ存在すること。外傷後30分ないしは医療機関受診時のGCSの評価が13点~15点に該当すること。

補足
アメリカ・リハビリテーション医学協会もWHO(世界保険機構)も、以上の要件を充足している場合は、絶対に脳外傷と診断すべきだとか、高次脳機能障害であるとか、ましてや後遺障害として症状が永久残存する、といっているわけではありません。むしろ、通常3カ月、遅くとも6カ月で症状は自然治癒すると指摘しています。両者が強調しているのは、その中の1~2割程度の人が脳外傷による高次脳機能障害として重篤な後遺障害が残る場合があるので、医療従事者は慎重な経過観察と治療が必要だという点です。つまり患者をノイローゼ扱いしたり詐病扱いしていると、医師による二重被害が発生する場合があると警鐘を鳴らしているのです。

自賠責保険は確実に脳損傷を否定する

自賠責保険の認定基準は前述のとおりです。すなわち、自賠責保険では少なくとも軽度意識障害(JCSで1~2桁、GCSで13点~14点)が1週間以上継続していたことが脳損傷の要件とされています。アメリカ・リハビリテーション医学協会(1993年)がそもそも意識障害や意識の変容は脳損傷の絶対要件ではないとし、また、WHO世界保険機構(2004年)が、受傷後に混迷があって、かつ外傷後30分ないしは医療機関受診時のGCSが13点~15点に該当すれば脳外傷と診断してよいとされているのは大違いです。さらに、自賠責保険は画像上の異常所見を事実上の絶対要件としていますから、軽度脳外傷の場合は、画像上の異常所見がないことから高次脳機能障害が認定されることはなく、非該当か頸部損傷で14級程度の認定がされるに止まっています。

GCSで15点(最高点)でも軽症の脳外傷に分類される意味

GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)は、意識レベルを「開眼」「言葉による応答」「運動による最良の応答」という3つのファクターに分け、それぞれ、1点~5点で評価して合計点を出すものです。最低が3点で、最高が15点となり、点数が低ければ意識レベルも低いことを意味します。そして、脳外傷の重症度として、3点~8点が重症、9点~13点が中等症、14点~15点が軽症と国際的に分類されています。

開眼(1点~5点),言葉による応答(1点~5点),運動による最良の応答(1点~5点),軽症(14点~15点)中等症(9点~13点)重症(3点~8点)開眼(1点~5点),言葉による応答(1点~5点),運動による最良の応答(1点~5点),軽症(14点~15点)中等症(9点~13点)重症(3点~8点)

ところで、軽症の脳外傷に分類されているGCS15点は、具体的には

「自発的に開眼できていて(5点)」「見当識もあって(5点)」「命令に従うこともできた(5点)」ことを意味します。

どこに意識障害があるのだ?何故それが国際的に軽症の脳外傷に分類されているのだ?という疑問を感じられることと思います。ポイントは、意識の明るさと意識の変容とは異なる概念という点にあります。難解な議論はさておき、意識の明るさを計るGCSでは満点の15点(すなわち、「目を開けていて」「名前も言えて」「命令に従うことができる」状態)であっても、混乱していていまひとつはっきりしない、反応が遅い、実際に後で覚えていなかったといった意識の変容がある場合があります。これも意識障害の一種です。そして、脳外傷の重症度を計る分類として、GCSで14点~15点が軽症の脳外傷と国際的に分類されているということは、脳外傷は意識の変容レベル(事故後にぼーっとなった状態)でも生じ得ると国際基準として認められているわけです。このことが極めて重要です。

自賠責保険の認定要件の問題点

すでに指摘したように、自賠責保険は、WHO世界保険機構(2004年)の外傷性脳損傷の診断基準より遥かに厳格な要件を設けて、救うべき被害者を賠償の枠外に放置してしまっていることに尽きますが、ここでは他の論者の意見も紹介しつつ、詳細に説明していきます。

一定レベル以上の意識障害を絶対要件としている点について

厚生労働省の報告

平成13年度より「高次脳機能障害支援モデル事業」を実施しましたが、意識障害については、最終報告書 (平成16年発表)で「(モデル事業における集計424名中)昏睡期間が不明であった者が169名(40%)」。中間報告書(平成15年発表)で「昏睡期 間の記載があった177名中、『なし』から105日に分布し」ていたことを報告しています。すなわち、昏睡期間が不明であった者のうち昏睡状態でなかった者が含まれていた可能性を示唆し、明らかになしとされていた事例も存在していたことを報告しています。

東京医科歯科大学の調査

617名の対象者中、受傷後意識不明のなかった者が33名(5.3%)存在したと報告されています。

近畿大学医学部脳神経外科・種子田護教授の報告

意識障害の有無と程度については、その性質上、本人にはわからないのだから、目撃者がいないとき、その有無と程度は不明となる。
意識障害のないびまん性軸索損傷はないと一般に言われているが、多くの症例を経験するとそうでもなさそうだということが脳外傷の臨床の現場で指摘されている

と報告されています。

日本大学医学部脳神経外科・講師・前田剛医師の報告

GCS14点、15点のごく軽症で、なおかつ外傷後健忘が48時間以上認められた症例では、100%社会復帰出来ているのは45例中わずかに27例に止まっていた。残りの18例(4割)の中には、脳外傷による高次脳機能障害の後遺障害が含まれているのではないか、意識障害の重症度と高次脳機能障害の相関はもちろんだが、軽症の場合にも存在する。そのため、見過ごされている患者が存在すると考えられる、と報告されています。

湖南病院名誉院長・石橋徹医師の見解

要旨として以下の見解を述べられています。日本の脳神経外科医はびまん性軸索損傷の 診断基準としてゼネレリ分類を多用している。ゼネレリ分類は、受傷後6時間以上の意識喪失をびまん性軸索損傷と定義し、それ以下のものは脳震盪と分類した。そして脳震盪は予後がよく、脳神経系にほとんど後遺症を残さないとした。ところが、その後、鞭打ち損傷 の中に意識喪失もなく、ただ頭がボーッとして考えがまとまらないなどの意識の変容が生じたに過ぎない例でも脳内にびまん性軸索損傷が起きていることが分かり、このような例は脳震盪という病名ではなく軽度外傷性脳損傷と呼ばれ、2004年にWHOが新たな診断基準を作成し、これが欧米諸国で広く使われている(詳細は石橋徹「軽度外傷性脳損傷」)。

東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座講師・橋本圭司医師の見解

「意識障害がなかった軽度脳外傷者の自賠責保険後遺障害等級認定は、失調やバランスの問題による運動障害や様々な高次脳機能障害による社会認知、就労不能といった問題に対応しきれていない可能性がある」と述べられておられます。

脳外傷の研究の先進国であるアメリカやオーストラリアでの指摘

意識障害を伴わない軽度脳損傷者であっても高次脳機能障害の後遺障害が残り、それが社会復帰の大きな阻害要因となっていることは常識であることを前提に、精力的な認知リハビリテーションプログラムが用意され実施されています。医療文献でも以下のような指摘がなされています。

有為な画像所見の存在を絶対要件としている点について

厚生労働省の中間報告書

「画像診断は訓練調査票の対象となった281名の全てで実施されており、MRIは205名(73%)、CTは162名(58%)(重複計上)で実施されており、全例でいずれかを実施していた。高次脳機能障害の原因となる傷病の受傷・発症の事実を説明できる所見の得られた例は248名(88%)、得られなかった例は33名(12%)であった。また、高次脳機能障害を説明する所見が得られた例は239名(85%)、得られなかった例は42名(15%)であった」「MRIまたはCTにより、受傷・発症に伴う何らかの器質性脳病変の存在が示されたものは88%であった。この結果は、受傷・発症の事実がこれらの形態学的画像診断からは証明されない例が10%前後であることを示唆する。また、形態学的画像診断の所見により、現在有する高次脳機能障害が証明されたのは85%であった。高次脳機能障害を生じるような受傷・発症があったという事実の確認のためには、MRIまたはCTによる画像診断を前提とすることに問題はないが、一方で、陰性例が無視し得ない数に上ることから、その取り扱いには慎重な配慮が必要と考えられる。これらの陰性例を適切に診断するために、PET等の最先端化学の応用による診断機器を用いた研究の成果が待たれる。」

関東中央病院脳神経外科部長・吉本智信医師の指摘

  1. 現在の高度の機械でも画像の抽出能力には限界がある。
  2. びまん性のケースでは、白質の病変はCTではわかりにくい。
  3. CTもMRIも水平断で撮影されることが一般的であるが、前頭葉底部、側頭葉底部の損傷は冠状断でないと(水平断だと)わかりにくい。
  4. 局在性脳損傷がない「びまん性軸索損傷」のみの場合外傷直後のCT・MRI画像では一見正常のことがある。

新東京病院脳神経外科・神経放射線外科・益澤秀明医師の指摘

  1. 外傷による高次脳機能障害では急性期や慢性期の脳画像所見がしばしば見逃される。
  2. 急性期では、点状出血などびまん性軸索損傷があっても目立たず、正常と判断されることがある。
  3. C慢性期の脳室拡大も障害が軽度ないし中等度の場合には目立たない。神経画像診断の専門家ですら多少の脳室拡大があっても年齢的・生理的なもの(←生まれつき)、個人差の範囲内とみなしやすい。

神奈川リハビリテーション病院・リハビリテーション部長・大橋正洋の指摘

「画像検査でほとんど所見がない場合でも、重度の記憶や遂行能力の障害、あるいは行動障害を示す場合が多いことを知っておくべきである。」

東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座講師・橋本圭司医師の指摘

「画像で抽出困難な脳損傷や、意識障害の確認が困難な症例も多数ある」
「現時点で画像診断による器質的な病変の確認が困難な症例についてはWHOの診断基準に基づき『軽度脳外傷(M-TBI)』と診断されるべきである」

裁判所が被害者救済の最後の砦

このように、自賠責保険の認定要件に対しては、多くの批判や疑問にさらされているところですが、自賠責保険は、容易にはその判断基準を改訂する傾向にありません。

補足
平成19年2月2日の検討委員会の報告書は、「現在の画像診断技術で異常が発見できない場合には、外傷による脳損傷は存在しないと断定するものではない。」と指摘しつつも、「CT、MRI等の検査において外傷の存在を裏付ける異常所見がなく、かつ、相当程度の意識障害の存在も確認できない事例について、脳外傷による高次脳機能障害の存在を確認する信頼性のある手法があると結論するには至らなかった。従って、当面、従前のような画像検査の所見や意識障害の状態に着目して外傷による高次脳機能障害の有無を判定する手法を継続すべきこととなる。」と明言しました。画像で脳損傷が所見されない被害者は、今後も辛い冬の時代がしばらく続きそうです。

このような現状ですので、脳外傷による高次脳機能障害の認定は、目下のところ裁判所に委ねる他ありません。ところが、その裁判所も自賠責保険の高次脳機能障害否定の判断に追随する傾向が顕著であることは先に指摘したとおりです。実際、これまで、意識障害も画像所見もないとの理由で自賠責保険が高次脳機能障害を否定したのに、裁判所が脳外傷による高次脳機能障害を正面から認めた例は、札幌高裁(平成18年5月26日判決)と大阪高裁(平成21年3月26日判決)のわずかに2例だけです。それ以外の裁判例は、おきまりの「自賠責保険で非該当か14級 →裁判所も同じか、せいぜい12級相当の後遺障害を認める」に止まっています。

しかし、事前に十分な証拠を揃えていれば、高次脳機能障害が認定される可能性はあります。先の2つの裁判例も、いずれも十分な証拠が用意されていたケースです。ですから諦めることはありません。何よりご家族の方は諦めることなど出来ないはずです。

では、どのような証拠を収集しておけばいいのでしょうか。その対策を述べる前に、是非、今日の脳外傷に関する臨床の実態に触れておかなければなりません。その実態を知っておけば、主治医に任せておくだけでは悲惨な結果となり、被害者サイドで精力的に動かないことには泣き寝入りを強いられる結果となることが容易に理解いただけると思われるからです。

前のページへ

自賠責保険の等級基準及び認定上の問題点

次のページへ

軽度外傷性脳損傷(M-TBI)による高次脳機能障害2

高次脳機能障害で泣き寝入りしないための10の鉄則
はじめに
~未だに見放され途方に暮れている高次脳機能障害者とその家~
高次脳機能障害の一般的理解
自賠責保険の後遺障害等級認定
システムの概要
自賠責保険で
適正な等級認定を受けるポイント
自賠責保険の等級基準及び
認定上の問題点
軽度外傷性脳損傷(M-TBI)に
よる高次脳機能障害1
軽度外傷性脳損傷(M-TBI)に
よる高次脳機能障害2